鏡を見るたびに、後退していく生え際に、ため息をつく日々。30代後半に差し掛かった私は、意を決して、AGA専門クリニックの扉を叩きました。処方されたのは、フィナステリドの内服薬と、ミノキシジルの外用薬。医師からは、「治療初期に、一時的に抜け毛が増えることがありますが、それは効いている証拠ですから、心配しないでくださいね」と、丁寧に説明を受けていました。頭では、理解していたつもりでした。しかし、現実は、私の想像を、はるかに超えていました。治療を開始して3週間が経った頃。それは、突然、始まりました。シャンプーをするたびに、指に絡みつく、おびただしい量の髪の毛。これまでは、数十本程度だったのが、明らかに、百本を超えています。ドライヤーで髪を乾かせば、洗面台の床が、黒い点で埋め尽くされる。そして、朝、目が覚めて、枕を見た時の、あの絶望感。そこには、私が眠っている間に抜け落ちた、無数の短い髪の毛が、無残な姿で散らばっていました。「効いている証拠だ」。私は、何度も、自分に言い聞かせました。しかし、日に日に増えていく抜け毛を目の当たりにすると、その言葉は、空虚に響くだけでした。「このまま、全部、抜け落ちてしまうんじゃないか」。本気で、そう思いました。治療をやめてしまいたい、という衝動に、毎日、駆られました。その辛い時期、私を支えてくれたのは、クリニックのカウンセラーの方との、定期的なオンライン面談でした。「大丈夫ですよ、〇〇さん。皆さん、同じ道を通るんです。今が、一番の頑張りどころです」。その、穏やかで、しかし確信に満ちた言葉に、私は、何度も救われました。そして、治療開始から、2ヶ月が過ぎた頃。あれほど激しかった抜け毛の嵐が、まるで嘘のように、ぴたりと、収まったのです。そして、その数週間後、私は、生え際に、あの感動的な、黒い点々(産毛)を発見することになるのです。